女性建築家10人からの住まい発信ブログ            「住まいを語ろう!創ろう!楽しもう!」

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ねじりまんぽ

ご無沙汰しております。少しアップが遅くなりました。

「ねじりまんぽ」というトンネルです。
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調べてみると、関西に多いとか。。。。



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ネットで色々検索したところによると、一番近所にある、しょっちゅう通るところが
隠れて見えないけれど現存する日本最古(若干大げさ)のねじりまんぽだと知って驚き。
世の中、まだまだ知らないことっていっぱいありますね。
                                               hozoでした。
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# by sumaitukurou | 2013-05-17 01:40 | 建築雑々

奥村昭雄さん・まことさんのこと

ご無沙汰しております、広渡です。

大型連休もあっという間に終わってしまいましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
私は、連休中にも用があって東京に出向いたのですが、4月の初めにも日帰りで
自由学園明日館で催された「奥村昭雄さんを思い出す会」に参加してきました。

奥村さんご夫妻とは、旧OM研究所を通じて、もう10年ほど前ですが大阪で講演会をしていただいたりという
繋がりなのですが、実は私たちも夫婦で設計をしている身なので、その先駆者である
奥村さんご夫婦のことは、勝手に身近に感じておりました。

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小雨の中、初めての「明日館」、フランクロイド・ライト設計によるこの建物は、聞けば
亡くなられた奥村昭雄さんたちが保存のための実測をされたとか。

残しておきたい建物が、様々な事情でどんどん壊されていく中で、きちんと修復され、残されたのは
その実測資料の力も大きかったそうです。

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懐かしい方々にもお会いすることが出来、OMソーラーを通じて交流が生まれたころのことを
久しぶりに思い出していました。

当日は、朝早くに東京に付いたので、東京駅もですが、改修を終えたばかりの旧東京中央郵便局も
見学することが出来ました。
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写真の展示でわかるように、照明器具などは当時のままです。確かに変わったところのほうが
面積的には大きいけれど、何とか保存したいという意思はこちらにも伝わってきました。

実は、少し先のことになりますが、奥村まことさんを囲んでお話を伺う会を、今年の秋に
大阪で予定しています。
吉村順三さんの元で修行しておられた頃のお話のほか、4月2日の「思い出す会」のスライドも
していただけるそうです。
友人の三澤文子さんと、どんな会にしようかと考えているところです。

日にちは10月5日(土)、午後からです。
詳細が決まれば、このブログ上でもお知らせするつもりです。
どうぞ皆様、多数ご参加くださいませ
ご質問などは広渡までよろしくお願いいたします。
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# by sumaitukurou | 2013-05-07 12:25 | お知らせ

東北への旅

昨年の9月、NPO法人古材文化の会の第17回全国集会が東北で開催されました。「東日本大震災で被災した気仙大工の建物を学ぶ事と復旧支援」というテーマで、17名が一泊二日の日程で岩手県陸前高田市と大船渡市、宮城県気仙沼市を訪ねました。講師を引き受けて下さった東北工業大学の高橋恒夫先生に案内をしていただき、地元の方にもお話を伺うことができました。「気仙大工」とは気仙地区(大船渡市・陸前高田市・住田町)を中心とした大工集団で、民家の建築はもちろん、寺院造営、建具造り、細工までもこなす高い技術を持っています。

1日目
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気仙沼市復興屋台村気仙沼横丁近く:地盤沈下で海水が溜まっています。

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住宅の基礎部分:コンクリ-トの基礎と金物を残してすべて流されていました。

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瓦礫の処理が進んでいます。奥は気仙中学校、右手の川は気仙川で東側に「高田の松原」があったところです。

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気仙中学校:垂れ幕に「さようなら我らの母校 思い出をありがとう」と書かれています。


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気仙町今泉集落:幕政期の気仙郡の中心地。草が生えているところには江戸時代の建物も多く残る町並みが続いていたそうです。県指定文化財で享和2年(1802)に建てられた大肝煎屋敷、吉田家も流されてしまいました。

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今泉集落内でかろうじて残ったコンクリ-ト造の住宅。

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宿泊した碁石温泉海楽荘:震災後いち早く営業を再開し、被災者やボランティアに温泉を無料開放しています。

2日目
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陸前高田市 華蔵寺本堂:天保12年(1841)気仙大工による造営。

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華蔵寺本堂の欄間。

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陸前高田市 普門寺三重塔:遠くから見ると屋根のバランスが悪いが・・・

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近づくと美しく見えるように建てられています。精巧な彫物や扇状の垂木など、気仙大工が技術を競ったそうです。

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2日目は参加者の半数がボランティアへ。今泉集落の大肝煎屋敷の吉田家は流されたけれども、将来再建することができるように部材の7~8割が拾い集められ保管されています。保管された木材を1本ずつ洗い、寸法を記録、この日は八戸の大学生も参加していました。

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保管されている木材の一部。

形として残されてきた歴史や文化は流されてしまいました。けれど記録され、継承されているものも少なくないといいます。気仙大工が造り上げた建物も数多く流されましたが、技術は受け継がれています。生活と集落の再建、そして受け継いできた文化をどう形にしていかれるのか、今後を見守っていきたいと思います。

3日目
解散後、私は遠野に足を延ばしました。
「遠野は歩かないと良さがわからないよ」というペンションのオーナ-の言葉に従い、自転車(電動)で走りました。少し離れている千葉家に車で連れて行って下さったおかげで、行きたいところを回ることができました。

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重要文化財に指定されている千葉家:主屋は天保年間に建てられ、大正期に現在の構えになったそうです。現在も住居として使用されています。

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民話で知られた「カッパ淵」

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稲穂が金色に輝いていました。

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民家は立派な建物が多いです。酪農が盛んな遠野も安全な飼料の確保に苦労されるなど、震災の影響を受けています。

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今も使われている水車小屋。

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デンデラ野:60歳以上の村人が自給自足の生活をしながら死を待ったと伝えられる場所。


一夜漬けで読んだ「遠野物語」
もう一度読み直そう!

by Nakai
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# by sumaitukurou | 2013-04-03 01:52 | 環境や街並み

淡路島探訪

先日、淡路島へ行ってきました.

今まで、淡路島は近すぎてあまり魅力を感じたことがなく、海水浴ぐらいしか行ってなかったのですが、案外いいところがたくさんありました。

まずは国営明石海峡公園です。
広くてゆったりしていいところでした。
手入れもよく、平日で人も少なく、のんびり散歩するのにいいですね。
ボーっと時間が過ぎていきます。
淡路島といえば瓦!
あちこちに瓦を使ったいいものが・・・・
ここから安藤忠雄作夢舞台も見えますよ。

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次は、いざなぎ神宮
こんなにいい神社があるなんてほんと知らなかった。
いざなぎのみこと、いざなみのみことが祀られているかなりりっぱな神社でした。
日本の中心だったのか・・・・

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近くもいろいろ行ってみるものですね。
まだまだいろいろありそうだし、四国へも行ってイサムノグチ庭園美術館も見たかったけど時間切れで間に合わずキャンセルしました。とっても残念でした。

これからも少しずつボチボチ出かけて行きたいものです。

by tsuji
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# by sumaitukurou | 2013-03-11 13:01 | 旅と建築

厳島神社の景観軸の延長線上にあるもの

安芸の宮島 厳島神社を初めて訪ねました。
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日本三景の一つでもあり、世界文化遺産にも登録されています。
自然美と人工美の対比と調和が素晴らしい、本当に奇跡のような場所でした。
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ところが、、、、とても信じがたい残念な光景が、、、

建築や景観の観点で厳島神社を考えるときに、最も重要なポイントの一つになるのは、その景観軸です。
宮島では、神社の背後の弥山の中心と、海辺に広がるように配置された神社の中心である本殿、沖に立つ大鳥居が、一直線上に配置されています。

船で鳥居側から神社を見ると、正面に突き出された本殿、そして、背後の弥山。はい。見事です。
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ところが、神社の本殿から見ると、正面の海上に大鳥居、、、、そのさらに先にあるものは・・・?

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周りにいた人のほとんどが、気になった様子

海を挟んだ対岸の斜面にあったのは、これ。
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ガイドの方に聞けば、新興宗教の施設。なにやら異様な存在感を放っています。
明かに、この軸線を狙って神社の対岸の真正面に確信犯的に建てられています。

世界遺産周辺の環境を守るバファーゾーン(緩衝地帯)は、現状では宮島の全島と厳島神社前の海面だけだそうです。
では、景観を構成する重要な部分である対岸は?
安芸の宮島のある廿日市市では、2011年に景観条例が造られ、市民や事業者に、景観形成への協力義務を課したそうです。一定の建物については新築や増改築の際に、色の変更を命令できる、というもの。逆に言うと、既存の建物は増改築をしない限り、規制の対象とはならない、ということですね。もう、この建物が出来てから10年以上も経つそうです。
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宮島を後にして、平和記念公園を訪ねました。
すると、ここでも景観軸・・・
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平和記念公園および平和記念館を設計した丹下健三は、幅員100mの平和大通りと直交し原爆ドームに向かう景観軸を定め、その軸上に慰霊碑を、後方にゲートとしての資料館を計画したそうです。
そして、このアイディアは、厳島神社の配置計画と類似していると指摘されています。
「・・・原爆ドームからHPシェル型の慰霊碑を経て、平和記念資料館のピロティの間を貫いて延びる軸線は、厳島神社の弥山から本殿を経て海中の鳥居にいたる一本の軸線とまったく同じ性格を秘めているからである。厳島神社の本殿が弥山を背負い、さらに厳島全体を負っているのと同様に、慰霊碑は原爆ドームを背負い、そのドームはさらに広島の町全体を負っているのである。」(鈴木博之著「日本の<地霊>」講談社 より)

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ここでも、原爆ドームの周辺のビルの高さが問題になっています。

杉本雅子でした。
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# by sumaitukurou | 2013-02-28 02:44 | 環境や街並み

火のある生活

北五葉の家に薪ストーブがやってきました。

竣工時からの懸案事項でしたが、やっと!!!

住宅の名手・吉村順三先生がご著書の中で説いておられるように

「好い住宅には火と水と木が欠かせない」

木は比較的簡単に実現できますが、町中で火のある生活はなかなか難しい。。。

私自身はマンション住まい故、火鉢の炭火を楽しんでいますが、薪ストーブは格別ですね♪

by yuukitumugi


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# by sumaitukurou | 2013-02-11 21:55 | 建築雑々

東三国の家竣工しました

鉄骨4階建ての2世帯住宅ですが4階に見えないところがミソです
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メインフロアの2階リビング、床は全て600角のタイル貼
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3階ファミリーコーナーと右は子供室
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# by sumaitukurou | 2012-08-21 14:23 | ホームページリンク集

宝塚の家改築工事完成しました

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築40年以上の木造住宅を全面改築、50坪をスケルトンにして耐震補強からのスタート
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コーナー窓を設けて絶景の緑を楽しみます
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2階を減築して吹抜けを創り南の光を取り入れました、暗かった和室ガ楽しい空間に生まれ変わりました
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テラス夕景、縁側を撤去して半戸外的な軒下空間をつくりました
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# by sumaitukurou | 2012-08-21 13:55 | 住宅リフォーム

東北へ

杉本です。3月17.18日に、所属している兵庫県建築士会の阪神支部の研修で東北を訪ねました。
宮城県建築士会の方々に、石巻市内と女川町を案内して頂きました。

石巻市で津波と火災の被害にあった門脇小学校。
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女川町は牡鹿半島の北東部に位置し、古くから近海漁業の基地として港を中心に市街地が形成されていました。f0065327_21385468.jpg


今回の津波で壊滅的な被害を受け、建築物の8割が流出し、人口約9000人のうち、残ったのは約7000人だそうです。
今は大きながれきは殆ど撤去され、市街地だったところは更地になり、道路だけがなんとか復旧されています。

この残った建物は壁は緑色な?と思ったら、壁ではなく屋上の防水層でした。
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津波で基礎ごと何メートルも流された後、転倒したものです。
建物の底部、つまり、基礎部分が見えます。
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コンクリートの格子状のものは地中梁で、四角い塊は建物の荷重を地盤に伝えるためのフーチングです。そして、地盤に基礎を固定していた杭は、一本だけが引き抜かれフーチングから垂れ下がり、あとは、ちぎれて地中にあるのでしょうか。補強の鉄筋がフーチングに残っています。

このコンクリートの塊も、転倒した建物の底部が見えている状態です。
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この建物はべた基礎で、地盤が波に洗われてしまい、浮き上がって流され転倒しました。

転倒した建物の多くは、建設年代が古く十分な耐震設計がなされてなかったのではと言われています。が、新しい建物であっても、この場所で津波の被害に持ちこたえたものは、ありません。水の高さは30メートルに達し、倒壊を免れた建物であっても、修理して再生できるものではないようです。

更地になった市街地のそこここに、うず高く積み上げられたがれきの山がありました。
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それを見ていると、一年間でこの状態にまで片づけるのに、どれだけの多くの人びとの懸命な働きがあったのか、思い知らされるようです。地元の人びと、外国の援助隊や、自衛隊や、多くのボランティアの人々の想像を絶するような時間と思いの積み重ねられたがれきの山です。

地元の建築士の方々に復興の難しさもいろいろと伺いました。建築に関わる問題も、すべてが特殊なケースで、地域のことは地域の人にしか解決できないデリケートなこと多いようです。建築士の人たちも、半数が家を失いながらも頑張っておられました。
私の所属する建築士会は東北からは遠く離れた場所にありますが、建築士会どうしの繋がりで間接的に支援していく方法を模索することになりそうです。

一人の人間としてできることは、いろいろありそうです。積極的に東北に観光に行くこともその一つ。
実際に今回は鳴子温泉、世界遺産の平泉、松島にも足を伸ばしましたが、どこも例年以上の賑わいだそうです。

世界遺産、中尊寺は、冷たい雨と凍った地面に拘わらず、たくさんの人出。
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今回は仙台バスという会社にお世話になりましたが、この会社も所有されているバスの殆どを流されてしまい、スタッフの方もみな被災者。中古のバスを調達しての営業だそうです。バスガイドさんが、震災のことや現在の復興の状況などを観光情報と同様に詳しく説明してくださいました。

改めて、地震と津波の凄まじさ、その被害の大きさ、復興の難しさ、建築士としての無力さと責任の重さを感じた旅でした。

同時に、この一年で人々が成し得たことのすごさ、たくましさ、
そして、東北の魅力にもたくさん触れました。

また近いうちに今度は観光で訪れたいと思います。

杉本雅子でした。
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# by sumaitukurou | 2012-03-20 22:01 | 旅と建築

女性建築家 ザハ・ハディード

女性建築家 ザハ・ハディードの実作建物を見る機会があったのでご紹介します

その前に、建築家のミニ解説
ザハ・ハディードはイラク・バクダッドの出身で、現在はイギリス在住
イギリスAAスクールで建築を学び、オランダ人建築家レム・コールハースの下で働く
そして2004年、プリッツカー賞(建築のノーベル賞とも言われる)を女性初で受賞しました

今回ご紹介するのは、ドイツ・ヴォルクスブルク駅のすぐ南側に位置する
フェーノ(Phaeno)という斬新な科学博物館です


外観(ヴォルクスブルク駅プラットホームから見た姿と広場からの外観)
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建物足元がピロティになっていて、フォルクスワーゲン本社パビリオンへ向かう
門というか通路と言うか、不思議な空間を体感できるようになっていました
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施工者の苦労は、いかばかりのものであったか・・・・

     by 大内山記

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# by sumaitukurou | 2012-03-02 10:03 | 旅と建築