女性建築家10人からの住まい発信ブログ            「住まいを語ろう!創ろう!楽しもう!」

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熊野古道

熊野参詣道中辺路を紀伊田辺から熊野本宮大社を経て新宮まで行ってきました。


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近露王子の近くにある「熊野古道なかへち美術館」
妹島和世、西沢立衛 両氏が手掛けられた最初の美術館で 1998 年開館。


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熊野本宮大社に近づくと、大鳥居が見えます。
この鳥居のある場所は「大斎原(オオユノハラ)」と呼ばれる中洲で、かつて熊野大社はこ の中洲にありましたが、明治 22 年の大洪水で社殿の多くが流されたため、現在の場所に移 されたそうです。
ちなみにこの大鳥居は高さ33.9m、平成12年完成のコンクリ-ト製です。


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瀞八丁にある「瀞ホテル」。回廊があってまるで「千と千尋の神隠し」で千が寝ていた建物 のよう。回廊に腰かけていた千の足の下は、こんな風に水が満ちていたし・・・


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新宮にある神倉神社の石段。45 度の急勾配で、登るのもこわい。


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御神体の「コトビキ岩」

(中井玲子)
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by sumaitukurou | 2014-11-30 00:00

森の学校

雨の日曜日、岡山県英田郡西粟倉村へまいりました。

車窓よりこの地方に多い入母屋瓦葺の民家や色付き始めた山が見えます。

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車窓から

西粟倉村は人口1,600人~100年の森構想を掲げて森の再生から地域の再生を目指しています。
その活動の中核を担う「森の学校」は廃校となった旧影石小学校の校舎を拠点としており、職員室や保健室の標識もそのままに地酒や地域産品を売るショップやセミナールーム等として使われています。

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森の学校

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旧影石小学校銘

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小学校廊下

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保健室

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ショップ

代表の牧大介さんからお話しを伺いました。
10年前の町村合併から離脱し村の自立再生を目指して都会からの移住者に住まいを借りる仲立ちや、1960年東京オリンピックの頃に植林された森の維持管理に「共有の森ファンド」を集め村のファンを作るなど様々な取り組みの伴走者として村長や職員の方々と共に活動されているそうです。
檜や杉の間伐材を500㎜角のタイル状に張り合わせた床材はヒット商品となり採算が取れているとか。


次に「木工房ようび」へ~オークビレッジから独立しIターンで移住された大島正幸さんの檜の椅子やテーブル、日用品雑貨の店です。
針葉樹を椅子にするのは難しいのですが、見事に成功!

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最後に100年の森へ

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100年の森

杉、檜に松が少し混じった森。これまでの50年にこれからの50年手入れを続けることにより100年の森を、北米や東南アジアからの廉価な木材に負けない良質な素材を作るとともに燃料としての利用で化石燃料や原子力発電に頼らない生活と若い人の住みたい村を目指す。(村営の水力発電所があって村の電力は賄える程の発電量がある。)
希望を感じた一日でした。

(佐野 江利子)
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by sumaitukurou | 2014-11-20 09:00 | 旅と建築

司馬遼太郎記念館

11月の初め、近鉄 八戸ノ里駅から司馬遼太郎記念館(2001.11.1開館 設計:安藤忠雄氏)に向かいました。

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司馬遼太郎氏自筆の表札だそうです。

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自宅玄関へのアプロ-チ

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自宅の書斎とサンル-ム

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記念館へのアプロ-チ
樹木の後ろにステンドグラスが見えます。

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この先はどうなっているのだろうと思いながら、コンクリ-トとガラスの間を進みます。

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通路の先はこうなっていました。

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床から天井までのステンドグラス。色を使わない幾何学模様でとても美しい。

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展示室 やわらかい曲面の書棚。ステンドグラスから光が差し込みます。

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地下へのサービス用?の階段

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北側道路から見た外観

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北側の出入り口


天井までのやわらかい曲面の木の書棚、清楚なステンドグラス、打ち放しのコンクリ-ト、ガラス。
そして、雑木林のような庭に囲まれた建物です。

・・・建物内部は撮影禁止のため、記念館のパンフレットの写真を転載しました・・・

(中井玲子)
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by sumaitukurou | 2014-11-14 01:35 | 旅と建築

能舞台の舞台裏

杉本雅子です。
3年ほど前から、観世流能楽師の先生について、大阪で能の仕舞の稽古をしています。
この度初めて、東京の観世能楽堂で行われる素人弟子の発表会「初陽会」に出演して参りました。
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東京都渋谷区松涛にある観世能楽堂は、観世流の活動拠点で、年間130公演以上が行われています。1972年に建てられたこの建物は、老朽化が進んだため取り壊しが決まっており、観世能楽堂は、銀座に建設中の複合ビル内へ移転します。ここで行われる素人弟子の発表会も今年が最後となるそうです。
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能舞台の写真は撮れなかったので、HPよりお借りしました。

40年以上にわたり、さまざまな能の公演が行われてきた歴史ある舞台です。
銀座の新しいビルへは、この能舞台はそのまま移設されるそうです。

 今回、発表会に出演するにあたり楽しみにしていたのが、舞台に立つことはもちろんですが、舞台裏に足を踏み入れること。
それがここです。
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なんてことのない部屋ですが・・・
ここは、舞台右手の「切り戸口」と言われる出入り口前の空間で、能公演では、地謡(コーラス)の人たちが出入りする場所です。モニターがあって、舞台の様子を見ることができます。

反対側を見た写真がこちら
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広廊下と呼ばれています。
この空間がちょうど舞台裏となり、シテ(主役)が登場する舞台左手の「橋がかり」へと繋がっています。
本当になんてことない簡素な古い広い廊下なのですが、本番近くなり、楽屋からここへ足を踏み入れると、途端に緊張感が高まります。長年、出演者の摺り足に磨かれて、床板はピッカピカです。他の出演者の皆さんも私も、最後の舞の練習に余念がありません。

出番ギリギリまで往生際悪く舞の練習している私に、舞台への扉の開閉をしてくださる若い能楽師の方がひとこと、「欲を出したらいけませんよ」と声をかけてくださいました。はっとして気が楽になりました。そう、いくら出番直前に練習したところで、急にうまくなる訳ではありません。舞台に出ても、普段のお稽古以上のことはできません。舞台上でどれだけのことができるかは、それまでどれだけのことをしてきたかにかかっているんですね。普段の鍛錬の積み重ねが大切であることを実感し、かえって、「今更あせってもどうなるものでもないか」と、開き直ることができました。

本番は5分間の仕舞です。
舞台から客席に家族の姿を発見して気が散ったり、足の運びに気をとられるあまり躓きそうになったり、パニックになりそうになりながらも、なんとか、転ばない程度に終えました。
・・・普段よりうまく舞おうだなんて、欲を出すどころではありませんでした。

演目は「蝉丸」で、盲目の弟宮蝉丸を探して都から大阪にやってきた狂女の逆髪という役でした。

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普段、仕事と家事の時間をやりくりをしながら、なんとかのらりくらりと続けてきた月1回のお稽古。今回の東京の発表会に参加するかどうかも随分迷いました。この本番に至るまでは、先生に叱られたり、練習時間がとれなくてあせったり、やる気をなくしたり、いろいろとありましたが、最後は心地よい緊張感を感じながら終えることができました。
これからの仕事やお稽古のモチベーションがぐんと上がりそうな(?)楽しい貴重な体験となりました。
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by sumaitukurou | 2014-11-01 01:15 | その他